風が、ひゅんひゅんと音を立てて耳元を抜けていく。いつもだったら爽快感を感じるはずの海辺のドライブが、今日はまるで通夜からの帰路であるかのように、重く沈んだ空気をふたりの間にもたらしていた。はるかはただ黙って前を向いてハンドルを握り、みちるは俯いたまま、膝に置かれたヴァイオリンを見つめていた。
その理由は明白だ──みちるがコンサートのリハーサルで、ヴァイオリンを弾けなかったから、だ。
「音が……聞こえないの」
みちるがそう言ったのは、この三日前のこと。ふたりは敵の情報を集めるために、みちるが借りている、無限学園近くのマンションの一室にいた。
「……え?」
みちるの発言に、はるかはそう聞き返すことしかできなかった。
「耳がおかしいわけじゃないの。普通に会話もできるし、他の人が弾くピアノの音も入ってくる。だけど……」
──自分が弾くヴァイオリンの音だけが、頭に響いてこない。
それは『音』として、一定のリズムで頭の中に入ってはくる。けれど、ハーモニーとして響いてこない。何度弾いても。
みちるほどの才能を持った奏者を襲った突然の出来事は、俄には信じ難い話だった。はるかにとっても、みちる本人にとっても。
それでも天性の才能と類まれなる努力の積み重ねでヴァイオリンを弾き続けてきたみちるは、今日のリハーサルを乗り切れるほどの演奏はすることができた。──ソロ演奏を除いては。
「直前まで調整したのだけど……」
オーケストラとソロ、それぞれの演目が予定されている明日のコンサート。みちるのソロ演奏は多くの人が期待する演目のはずだった。しかし、周りの音との調和を意識するオーケストラとは違い、ソロ演奏は自分の演奏を軸として弾くことになる。みちるはソロのリハーサルで思ったような演奏ができず、とうとう出演を見送る決断を迫られた。
「……演目の見直しをしてくださるそうよ。明日調子が戻っていなければ、わたしのソロ演奏はなくなるわ」
沈んだ表情でそう言って会場を後にしたみちるは、その後の帰路で一切口を開かなかった。
ふたりは三日前と同じように、みちるのマンションに戻ってきた。みちるにとって別宅のような位置付けだったこの一室は、いまは無限学園偵察のためのアジト兼、ふたりで息むための場所となっている。
「戦いが続いてるもんな。今日はゆっくり休んだ方がいい。もし敵が来ても、今日はぼくだけで行くから」
そんなことさせられるわけないでしょう──一瞬出かかった言葉を飲み込んで、みちるは曖昧な微笑みを浮かべたまま頷いた。はるかがみちるを置いてひとりで戦いに行ったところで、みちるがおちおち休んでいられるはずがないことは、はるかだって十分わかっている。けれど、いまは気休めでもいいから、みちるにそう言いたかった。それだけだ。
みちるもはるかのその気持ちが嬉しかった。
互いに身支度を整えて、別々の部屋に入った。同じ部屋で身を寄せあって眠ることも何度か経験してきたけれど、みちるのコンサートの前日やはるかのレースの前などは、互いに気遣って別々の時間を過ごすことも多かったから、いつも通りの流れだった。
しかし、この夜は違った。
はるかがベッドに横たわり、まだ当分やって来そうにない眠気を待っていると、程なくして小さなノック音が聞こえた。雑音があれば掻き消されてしまいそうなほどに微かなその音は、だけど静かな部屋にははっきりと響き、はるかはすぐに身体を起こしてみちるを招き入れる。
「おいで」
見るからに沈んだ顔でドアの前に立つみちるを、はるかはその一言以外口にせず、ベッドに導いた。柔らかな布団を広げ、先にはるかが中に滑り込む。みちるに手を差し出すと、優しく引いて、みちるを腕の中に抱き込んだ。
はるかの腕の中に引き込まれたみちるは、その柔らかさと温かさを感じながら、大きく息を吸い込んだ。目を瞑るといろいろな雑念が浮かんできてとても眠れそうになかったのだが、はるかの匂いで少し気持ちが落ち着くのを感じる。
吸い込んだ息を吐き出すと共に、気持ちが急に緩んできた。それを合図としたかのように、みちるの瞳から涙が溢れる。ぽつりぽつりと温かな雫が頬を濡らし、その下のはるかの胸を濡らした。
はるかは相変わらず何も言わず、みちるの背を抱いたままゆっくりと撫でていた。
みちるの瞳からは涙が溢れ続けた。大きな湖から細い川に向けて少しずつ清水が流れていくように。
やがてみちるは、今にも消えてしまいそうな小さな声で呟いた。
「……前にも、弾けなくなったことがあったの」
「うん」
「悪夢を……見始めた頃だった」
「……そうか」
みちるにはひとつの予感があった。
以前同様にヴァイオリンが弾けなくなったのは、まだ戦士として覚醒しておらず、破滅の悪夢を見るようになったばかりの時期だった。なぜ急に悪夢を見るようになったのかわからない上、得意とするヴァイオリンも弾けなくなったため、みちるはかなり混乱した。その頃からみちるは年齢の割に落ち着いて大人びており、あまり取り乱すことがなかったけれど、その出来事が起きた数日間は自分が自分ではなくなるような感覚に苛まれ、事実を受け入れることができず、部屋に閉じこもりきりになった。
そのうちに自分には戦士としての使命があることを知り、悪夢の理由がわかった頃にまた、ヴァイオリンが弾けるようになった────つまり、これは何かの予兆なのではないかと。当時は訳の分からない悪夢がストレスとなりヴァイオリンが弾けなくなった可能性も考えたが、今回また同じことが起きて、確信した。
近いうちにきっと、何か大きな変化が起きる──。
「はるか、わたし」
みちるははるかの腕の中でゆっくりと顔を上げた。泣き濡れながらもなお美しく、白い肌が暗闇で仄かに光っていた。
「怖い」
みちるの一言に、はるかは息を呑んだ。驚くほどに美しいのに、驚くほどに悲しいその瞳を、吸い込まれるように見つめていた。みちるははるかの腕から抜け出し、身体を起こして座った。はるかを見下ろすように見つめ、両腕を広げる。
「……わたしを、抱いてくれる?」
はるかは言葉を失い、ただみちるを見上げていた。その姿はどこか象徴的で神秘的な力を放っているように感じられたが、同時に溢れ出る悲しみがひりひりとはるかの胸を打つのもわかった。
はるかはゆっくりと身体を起こし、みちると向かい合うようにベッドの上に座った。みちるの頬にかかる髪を軽く梳き、指先で頬を緩く撫でる。
「それでみちるは、救われる?」
目を細め、表情もなく淡々とした声で、はるかは尋ねた。
「……わからない。でも」
言葉を切ったみちるに、はるかは無理に先を促さなかった。ただ黙ってみちるに顔を近づけて、優しく唇を合わせる。ほんのりと涙に濡れて塩気のある冷たい唇を、撫でるようそっと啄んだ。
ふたりはこれまでも、一緒に眠ったこともあるし、手を繋いだりキスをしたことがあった。けれど、まだそれ以上の領域に足を踏み入れたことはなかった。いつ何時なんどき敵が現れるかもわからない中で、情事に溺れるのが怖かったのだ。何より、例えその最中に敵が現れないまま終わったとしても、ふたり生き長らえることができる保証もないのに、愛を誓い合う関係になることが恐ろしかった。
言うまでもなく、ただ慰め合うだけの関係になろうとも思えなかった。
優しく唇を触れ合わせながら、はるかは考えていた。ここでみちるを抱くことは、みちるの気を紛らわしたり、慰めるためなのか。
無論、そうではない。本当はずっとこうしてみちるをこの腕に抱き、自分の手で丁寧に愛し、目の前で溺れさせたかった。感情のままにぶつかり合いたかった。
ただ、いまこの流れで踏み出すことには、些かの躊躇いを感じる。
その唇を割り、より深く繋がって行こうとする前に、はるかは呟いた。
「ぼくがみちるを抱くのは、みちるのためじゃないよ。…………それでも?」
閉じていた瞳を薄く開け、みちるはこくりと小さく頷いた。光の届かない暗い水底のような瞳の色が居た堪れなくなり、はるかは返事を受け取るや否や、すぐさままたその唇を塞いだ。
今度は躊躇うことなく。触れ合うだけだった唇は、角度をつけて交差し、あっさりとはるかの舌が入ってくるのを受け入れた。触れ合う頬は涙で冷え切っているのに、口内は温かく息づいている。その隔たりがむしろふたりの情欲を生々しく伝えているように感じ、ふたりは声もなく静かに舌を絡め合った。
滑る舌先を撫で互いの背中を掻き抱くと、そこからもすでに愛撫が始まっているかのごとく身体の底が震えた。一歩踏み出すことへの喜びと恐怖が同時にせめぎ合うのを、ふたりは感じていた。
はるかはみちるの背を抱き、先ほどまで寄り添っていたシーツの上に倒した。白く生気を失ったようだったみちるの頬が軽く色づいていることに、はるかは喜びよりも先に軽い安堵を覚える。
例えこれが自分本位であり本来は許されない行為だったとしても、みちるが少しでも慰められ救われるのならいいじゃないか──そう、自分に言い聞かせながら、はるかはみちるのネグリジェのボタンに手を伸ばした。
その動きに合わせ、みちるもはるかのボタンを下から外していった。互いに前をはだけさせ、肌を触れ合わせる。
胸の鼓動が伝わりそうで、だけどそれを意識すれば余計に高鳴ってしまいそうで。どうすればいいかわからずにみちるははるかを覗き込むように見つめた。不意に見つめられたはるかは戸惑い、思わず呟く。
「……っ、みちる、その顔」
「え?」
「わざと…………じゃないのか」
一心に求めるような視線を向けられ、はるかは頬の熱さを感じながら、それを誤魔化すかのように軽いため息を吐いた。対してみちるは、はるかの意図がわからずにきょとんとしたまま見つめている。
自らを抱くよう切なげに求めたり、かと思えば甘えるように見つめられたり。みちるの表情に翻弄され加速する気持ちを止められず、はるか軽く深呼吸をしてからまた、みちるの口を塞いだ。
覆い被さる姿勢になったせいか、はるかの舌は先ほどよりも深く探るようにみちるの口内へ入っていった。息苦しさが増したのに不思議と高まる快に、みちるは思わずはるかの背に腕を回しぐっと力を込める。まだ羽織るように背に残されたネグリジェに指を滑らせ、荒く弾んだ息を漏らした。
「ん……はぁ、あっ」
「止められなくて、いいんだな」
はるかはつと呟いてから、その返事も待たずにみちるの背中側に手を伸ばして下着のホックを外した。締め付けから解放された膨らみもまた、無意識にはるかを求めるように際立っている。頂いただきの先端に触れるとみちるの身体が微かに強ばるのを感じたが、拒絶されているようには感じなかったので、はるかはゆっくりとそこを口に含む。
「あ……んっ、やぁ」
身体の中心を痺れるような感覚が走り、みちるは軽く身を捩った。はるかはみちるにぴたりと身を寄せ、先端を優しく舌で転がす。擽ったいような感覚の中に時折訪れる鋭い刺激にみちるは戸惑い、縫い合わせた唇から苦しげに息をつく。
「ん、ふぅ、はぁ」
「我慢しなくていいよ」
「はぁ……うん……」
不規則にやってくる身体の奥底を突かれるような刺激は、みちるがこれまで感じたことのあるどのような刺激とも異なり、形容し難いものだった。ただ触れられるたびに胸が高鳴り、もっと身体の奥深くまで触れてほしいと思うのに、そう思った瞬間にそれは波のように優しく引いてしまう。
そして、その慣れない感覚は容易くみちるの息を乱し、どのように自分の外へ逃せばいいのかわからなくなる。自分が自分でなくなる感覚に戸惑い、みちるは目を瞑りはるかにしがみついた。
「みちる……平気?」
「だい、じょうぶ」
尋ねていながらそれは、みちるの心配をしているわけではなく、自分の行動を正当化するために聞いている気がして、はるかは逡巡した。
「ぼくはもしかしたら……優しくできなくなるかも、しれない」
何度確認したところで、はるかがみちるを抱くのは、みちるのためではなく自分がしたくてしていることだと、それはわかっていたのだが、それでも聞かずにはいられなかった。
みちるは目を開け、また小さく頷いた。
「それでも」
再度の同意の後に、再びはるかはみちるの胸元に自身を埋めた。
「んっ……はぁ、ああっ」
豊かな膨らみの間に小さく印を付けると、みちるの指先が呼応するかのようにはるかの背中を抱き、首に縋りついた。みちるもまたはるかの首筋に唇を押し付け、噛むような刺激を与える。はるかからも薄く息が漏れた。
「……んっ」
それはまるで、同意を得たことの印として、互いに跡を残すかのように。
自分たちの関係を前に進めることを、自らの手で許すかのように。
「本当はずっと、こうしたかった」
「ぅ……ん、わたし、も……」
だけど自分たちにそれは許されない。今だって本当は。
わかっているからこそ、刹那的なその行為のひとつひとつが、より一層熱く愛おしくなる。
この印がずっと消えなければいいのにと、そう思いながら、はるかはみちるの上にひとつひとつ小さな花びらを残していった。
みちるが奏でる声と息遣いが、荒さよりも艶やかさを孕んできたころ。はるかの手が丁寧に腰のラインを撫で、それから指がネグリジェのウエストに引っかかった。今度は再度の同意はなく、ゆっくりと身につけていたものを全て取り去る。軽く恥じらって閉じられた足の隙間からでも、秘められた部分が熱を持っている気がするほど、みちるは色香を放っていた。
はるかも自らの衣服を脱ぎ、全身を触れ合わせる。しっとりと熱を持った肌が合わさった。
いまふたりの身体に残されているのは、首元に光る細いゴールドのネックレスだけ。それは、ふたりが戦士として戦うようになり、互いの気持ちが通じていることに気づいてから、揃って身につけるようになったものだった。一緒にいない時でも互いの存在を感じながら前に進むことができるよう──暗に、どちらか一方が使命を果たすことが叶わなくなっても、心の支えとして歩みを止めないでいられるよう──肌身離さず纏っているものだった。
その鎖の輝きが、今は互いの気持ちの高まりと不安への切なさを強調しているようで。はるかはみちるの首筋をつと撫で上げた。
慣れない行為に徐々に身を任せられるようになって来たみちるが、身に纏うものがなくなったせいだろうか、少し身を固くしたので、はるかは再び優しく口付ける。最初に少し苦しい口付けで壁を破ろうとした時とは違い、みちるの身体から力を抜き、癒さんとするよう丁寧に。みちるもそれに応え、はるかの頬に手を添えて迎える。
強張ったみちるの足が少し緩んだ様子だったので、その隙間に手を伸ばし、内腿を辿るように撫で上げた。目当ての場所はすでに熱く潤い、はるかを迎え入れんと蜜を垂らしている。はるかはそれを掬い取るよう、ゆっくりと指先で撫でた。
「あっ……んっ」
みちるが身を震わせた。初めて秘めたる場所を明かすことへの喜びと恥じらいが、身体の底に熱を生む。はるかの指が滑るそこを往復し、その熱をしっかりと確かめた。想像していた以上に熱く柔らかいそこはみちるそのものであるのにみちるとは全く違う何かが潜んでいるかのように感じられる。
「すごいよ」
はるかが光る指先を持ち上げて見せると、みちるは明らかに赤面して目を背ける。
「やだ……」
はるかは背けられた頬をそっと自分の方に向け、軽い口付けを落とした。
目を背けないで──みちるの全てを受け入れ、感じたいから。
潤んで向けられた瞳に向かってはるかがそう唱えるよう見つめ返すと、みちるは受け入れる決意をしたのか、軽く頷くよう顎を引いて、はるかの首筋に腕を回した。
「いくよ」
はるかは丁寧にゆっくりと、ぬかるみに指を差し込んでいった。回されたみちるの腕に微かに力が入るのを感じ、ゆっくりと慎重に奥に入っていく。まとわりつく壁が温かく、しっかりと自分を包むのがわかった。きっと受け入れるみちるはとてもドキドキしているだろうに、それ以上に自分のほうが、指先から伝わる感触に打たれて眩暈がしてしまいそうだ。はるかがそう思うほど、みちるの中は蠱惑的で表現し難い心地よさではるかを捉えていた。
「あっ…………はぁ…………」
はるかの指が奥に到達したのを感じて、みちるは詰めていた息を吐き出した。知らず知らずのうちに力が入り、はるかの背中にぐっと指先が食い込むのを感じる。
みちるが一呼吸ついたのを感じて、はるかの指は一度来た道を戻ってから、再び中に入っていった。急速に刺激を与えないよう、柔らかな凹凸を確かめるように撫でながら、みちるの中を行き来する。浅いところと深いところを交互に擦り、行っては帰り、その度にみちるの中は震えを伴いながらはるかを受け入れた。
「はぁ、ああ……んぁ…………はっ、ああっ」
口から漏れる息の熱さと、喉の奥から搾り出されるように出てくる声は、みちる自身の意思とは異なる場所から発せられているようで、とても自分のものとは思えなかった。それでも、身体の奥底がはるかを求め、波となって溢れてくるのだ。自分から生まれた波のはずなのに、その波に溺れそうで、みちるは必死ではるかにしがみつきながら、せめぎ合い揺れる波の中にいた。
はるかも同じく。みちるの発する艶めいた声にも息遣いにも色づいた肌にも指先を纏う熱にも、みちるを感じられるあらゆる刺激で頭の芯が痺れそうな思いだった。
が、決して急いでみちるを溺れさせようとはしなかった。
ゆっくりと時間をかけて愛し、彼女の中を自分でいっぱいにしたかった。
なぜならみちるはいま、はるかのことを見つめているようで、そうではなかったから。
悪夢に囚われ、自分の方を向くことができずにいるみちるを、解放したかった。
みちるが何に怯え、恐怖し、涙して自分を抱くように迫ったのか。はるかにはわからなかった。だけど、彼女の上を覆う黒い影を取り去り、その瞳に自分だけを映すようにしたい。
それだけを、はるかは考えていた。
みちるが自らの中に入るはるかの存在を受け入れられるようになってきた頃、はるかは一度そこを抜け出し、みちるの下腹部に向けて身体を動かした。そして、温かい蜜を溢れさせる沼の中に、躊躇いなく自分の舌を差し込む。
「……えっ? あっ、だめっ、はる…………ああっ、やぁっ」
突然のことに羞恥する間もなく、みちるは一層高い声を上げた。思い切り顔を背け、逃れるように身を捩るが、はるかがしっかりと腰を抱いていて叶わない。はるかは中心から溢れ続ける蜜をくまなく舌で絡めた。
「ん、ああ、はぁ……やだ、あっ……ん、や……はぁ、ああっ…………んん、あ、はぁ、ん」
みちるから溢れる甘い蜜を、はるかは余すことなくすべて自分のものにしたいと思った。けれど、こうしているとみちるの表情を窺い知ることはできない。はるかはみちるの右手に自らの手を絡めた。顔が見えなくても、その指先にこもる力と耳から入ってくるみちるの嬌声で、みちるが自分を感じているかどうかは伝わってくる。
「はぁっ、んんっ、あっ、ぅん、あ……ああ、やっ……」
はるかの動きは巧みだった。みちるの敏感な芽を吸ったかと思えば、舌先を舐ねぶるように動かして刺激し、その鋭さに腰を捩れば、今度は唇で優しく摘むように撫でる。
絶妙な愛撫に、みちるの頭はくらくらと霞み、目の前が白くなる。
「はあ、んっ、あん、ああっ……はるか、あっ……だめ、あぁ、やっ…………くっ…………」
突如訪れた波は、みちるをあっさりと攫い、飲み込んだ。頭の中を閃光が突き抜け、行き場を失ったみちるの手がシーツをぎゅっと握り締める。震える内腿がはるかの頭部を挟んだが、はるかは動じず、未だ溢れ出る蜜を最後にもう一度掬い取ってから、ゆっくりとその間を抜け出た。
はるかはもう一度みちるに覆いかぶさるように跨ってから、彼女の上気し艶をまとった頬をそっと撫でた。
短く早く息をつきながら薄く目を開け、みちるがはるかに視線を向ける。蒼く澄んだ色がきらりとはるかの方を向いた。
向けられた瞳は、一心にはるかだけを見ていた。
──みちるは、暗闇から抜け出そうとしている。
よかった。
はるかは微笑む。笑っているのに悲しげな顔に、みちるもまた眉を下げ、困ったように微笑んだ。
「なん、で……はるかが泣きそう、なの」
「……安心したから、かな」
はるかはそう言って、みちるの額に自らの額をくっつけた。目尻が滲むのを誤魔化すように笑うと、みちるもまた、潤んだ瞳で微笑んでいた。
優しく口づけを交わしてから、はるかは再び、みちるの中に自らの指を埋める。ぐずぐずと溶けたそこは、初めて受け入れた時よりは随分と楽にはるかを受け入れた。確かめるよう数回往復させた後、はるかは一度ぬかるみの入口まで戻ってからもう一本指を増やし、また奥を突く。動きを早め、ひくつく内壁に指を何度も擦り付けた。蜜をまとった指がみちるの中を蠢き、ぐちゃぐちゃと混ぜられる音が静かな部屋に響いた。
まだふたりにとってそれは、十分な経験のある行為ではなかったが、はるかはみちるの反応を確かめながら、みちるがより声を震わせる場所を探し、そこを何度も突く。
「ああ、はぁ……んっ、あっ……ん、や……あぁっ…………だ、め……んん、あ、はぁ」
先ほどまでと比べて明らかに強まった刺激に、みちるも声を高めてはるかにしがみついた。これまでも十分に、自分の体の奥から湧き上がる大きな波に何度も飲まれたのに、それでもなおそれを超える衝撃があるのだと、驚きを覚えながら。
みちるは重ねて襲ってくる波に、目を瞑り身体を強ばらせる。涙が溢れ、目尻から後ろに向けて落ちていった。
「だめ……あっ、はる、かぁ、んん、あぁっ、はぁ……もう、わたし……あっ、ああっ」
「……大丈夫」
はるかは呟いた。みちるに向けて、そして自分自身に向けて。
「ぼくが、傍にいる」
きみが暗闇にいても、悪夢を見ても、美しく奏でる音を見失っても。
ぼくが傍にいるから。
──だから、怖がらなくていいよ。
「はぁ、ああ、うん、あっ、はるか、ああっ…………んんっ………………」
「みちる……」
みちるの中が強く引き締まり、喉の奥から掠れた声ではるかの名を呼んだ瞬間。
間違いなくふたりは、ひとつになった。
互いに互いを離さず、ずっと共にあるのだと、確信した。
月が高く上がり、夜もすっかり更けた頃、はるかの腕に抱かれて寝付いていたみちるは、目蓋を開けた。あれほど眠れないと思い詰めていたのに、はるかに抱かれてからすぐ、眠りに落ちてしまったらしい。みちるは安心すると共に自分自身に苦笑いした。それから一拍遅れて、自分がまだ衣服も身につけない素肌のままはるかに抱かれていることに気づき、先ほどまでの熱い時間が頭の中を蘇って、ひとり胸を高鳴らせた。
「気がついたかい、お嬢さん」
「やだ……起きてたの? はるか」
気づけば、はるかがみちるを見下ろすように見つめていた。深い翠の瞳が、みちるにはまるで自分の髪色を映し出す鏡のように見えた。ひとりで感情を行き来させていたところを見られ、みちるは熱くなった頬を誤魔化すためにはるかの胸元に顔を埋める。はるかは愛おしむようにその頭を撫でた。
何も言わずに、しばらくそのままはるかに抱かれていたみちるが、やがてぽつりと呟いた。
「ヴァイオリン……弾けると思うわ、わたし」
「…………うん」
みちるを抱く腕に、軽く力が込められた。だけどそれは大切なものを扱うように、丁寧で慈しみを持っていて。みちるもまた、はるかの背中に腕を回し、なめらかな曲線を描く背を撫でた。
最後に覗き込んだみちるの瞳が、澄み切って翳りがなく、自分だけに向けられたものであることを確認して────はるかは微笑んでから瞳を閉じて、まどろみの中に落ちていった。