しんと冷えた空気に、穏やかな波音だけが響く。
空と海が一体化しているのでは無いかと思うほど濃い藍色。そこに、絵の具を滲ませたような柔らかな水色が広がり始めたかと思うと、徐々に橙色が混ざり始め、みるみるうちに朱を帯びる。待ち望んだ光はまだ水平線の下にあるが、確実にその境界を描きながらゆっくりと昇り始めたことがわかる。
「不思議だな」
やがて見え始めるであろう、新しい年の初めての陽光を待ちながら、はるかは呟いた。
「何が?」
みちるははるかを見上げた。吐く息が白く濁り、はるかの整った鼻梁を曇らせるのが見える。暁のぼんやりとした光に照らされ、彼女の顔には絶妙な陰影が描き出されていた。
「年越しとは言うけれど。連続的な日々のひとつに過ぎないわけだろ。
なのに」
はるかの唇が緩いカーブを描きながら、みちるの方に向けられた。その表情は奇跡と思えるほどに刹那的で。
はるかはまた、前を向く。遠く果てしない水平線の向こうから、煌々とした光が浮かび上がって来た。線香花火の先端を思わせるような、眩く儚い光。
みちるが見つめていたはるかの横顔も、明るいオレンジに染め上げられていく。
日の出を迎えたことは分かっていたのに、みちるははるかの横顔から目が逸らせなかった。
「……なのに、なんで初日の出は、こんなに美しく大切なものに感じるんだろうな」
「そう、ね」
みちるは呟いて、迫り来る朝に視線を移した。
世界は新たな区切りを迎えているけれど、この星や銀河は、変わらない営みをまたひとつ繰り返そうとしているだけだ。それでも人は、新しい年に見る初めての景色に希望を見出し、縁起を担いだり、気持ちを新たにする。
けれど、ふたりの想いは、そんなありきたりな感情で示せるものではなくて――。
「はるかとまた、新しい年を迎えられて嬉しい」
みちるは水平線の向こうで膨らんでゆく朝日を見つめながら言った。彼女が紡ぐ言葉の重みを受け止め、はるかは黙ったまま頷いた。
幾度となく、次の朝日を見れないままに命を落とす覚悟をした。からがらに生き抜いて迎えた朝日は皮肉なほどに美しく、目に滲んで見えた。
いまふたりの前に輝くのは、そのどれとも違う、希望に満ちた光。暗闇を破り、幸せな未来を思わせる、文字通りの夜明け。
ふたりで共に新しい年を迎えられる歓びが重なり、より一層のコントラストが描かれているようだった。
「また、来年も見に来よう」
「あら、もう来年の話?」
呆れながらも明るく笑ってみせるみちるの上に、暖かな息がふわふわと漂った。束の間に生まれた霞を搔き、はるかの指先が頬に触れる。みちるはその指先に自らの手を重ねた。
「冷えたわね」
「君も」
重なる白い息を残し、ふたりは光に背を向ける。
希望に照らされ並んだ背を、優しい波音が見送った。