久しぶりの海外公演を終えたみちるにとって、三週間ぶりの帰宅。ゆっくりとお風呂に浸かって旅の疲れを癒やしたいところだったけれど、玄関を開けるなり強く彼女を壁に押し付けるはるかの手は、みちるに落ち着かせる気がないことを物語っている。
「んっ……はぁ、はるか……」
即座に押し当てられた唇は、すでに熱と潤いを放ち、みちるに強い気持ちの昂りを感じさせた。隙間から呼びかけた声は、みちるなりの抗議のつもりだったけれど、果たしてそう聞こえていただろうか。
言葉少なに唇を繋ぎ、みちるを押さえつけていたはるかの手は、早々に腰を辿ってブラウスの隙間から中に差し込まれる。先程まで外気に晒されていた指先がひんやりと冷たく、みちるの肌を粟立たせた。
唇が離れたと思われた直後、すぐにそれは啄むようにみちるの首を辿る。
「まっ……はるか」
薄暗い玄関の灯りを背後に背負い、みちるからははるかの表情は見えづらい。言葉も発さない。
けれど、はるかが何かを心の中に溜め込んでいるような気がするのは、わかる。
玄関の扉は、ぴたりと閉められている。しかしそれでも、ドア一枚隔てた向こう側は、いつ他の住人が歩いてもおかしくない、共有スペースだ。みちるの中には、はるかに煽られるのとはまた違った緊張感が、ふつふつと湧き上がってきていた。
「はるかっ……お願い……」
夢中になって絞り出したその声に、何を願っていたのか。みちるは自分でもわからなかった。「やめて」なのか「ここじゃない」なのか、それとも――はるかにどのように伝わっているのかを確認するべく、きゅっと瞑られた目を薄く開け、はるかの表情を確認する。
暗がりで見るはるかの表情は、暗く、そして歪んで見えた。はるかはそっとみちるから唇を離した。
「はるか……」
「くっ……」
みちるを押さえつける腕はそのままに、はるかは苦しげな声を出し、うつむいた。みちるは何も言えないまま、その様子を見つめる。
やがて、はるかは軽く顔を上げた。焦燥感とやるせなさ、そう言った何かがないまぜになった、言いようのない表情が浮かんでいる。
「どうしたの……」
久々に間近で見られて嬉しいはずのはるかの顔が、喜ばしいものではなかったため、みちるは困惑した表情で呟いた。はるかは苦々しく唇を歪め、ため息をついてから、首元に自らの唇を埋める。
「はっ、ああっ……やだっ……」
「僕が……僕がどんな思いで君を待っていたか……」
みちるに触れる唇の隙間から、はるかがやっと言葉を発した。久しぶりにみちるが間近で聞く愛しい恋人の声は、切なく小さく掠れていた。
「はっ……あっ……そんなの」
そんなの……私も、同じ気持ちに、決まっているじゃない――。
みちるは喘ぎながら、けれどその言葉を全て口にすることはできず、代わりにはるかの首に自らの腕を回した。
はるかはみちるが着ていた上着の前面を開け、先程自らの手で捲くりあげていたブラウスの隙間に、再び手を伸ばした。いつもと比べると少し乱暴な手付きで下着に触れて、たわわな胸元に指先を沿わせる。長い指先は行く先に迷うことなく、いとも簡単に留め具を外した。
指先を器用に動かしながらも、はるかはまた長く深く、みちるに口づけていた。強く熱い息遣いに、みちるは自らの息継ぎも忘れてしまいそうなほど、はるかに身を任せていた。気づけば口の中では自分の唾液とはるかの唾液が混じり合い、蕩けるような感覚を帯びていた。
はるかの手付きはいつもより乱暴とは言えないまでも、何か焦りを伴っているようにも感じられた。ひとつの動きの中に余韻もなく、久しぶりの再会の時間を楽しんでいるとは、とてもみちるには思えなかった。みちるの胸が熱くなり、詰まった。涙が溢れてくる。
「ん……ぅ、やだ……もう……」
みちるがはるかの刺激の隙間から必死で抗議する声にも耳を傾ける様子はない。はるかはブラウスをたくし上げ、胸先に吸い付いた。鋭い刺激にみちるは壁に背中を押し付け、喉を反らす。
「ああ、んっ……!」
はるかは舌先と指先でみちるの胸を器用に刺激した。座ることも許されない場所で、みちるは壁に体重を預け、はるかにしがみつくようにして立っていた。身体が小刻みに震える。
「はるか……はるか……ああっ」
ただ譫言のように愛する人の名前を呼んでみせるけれど、はるかからみちるの名は発せられず、ただより一層の強い刺激がみちるに送られるだけ。心の奥底に小さな虚しさを生みながら、だけど身体ははるかを求めて熱く緩んでいくことに、みちるは悲しい矛盾と羞恥を感じる。
はるかはいつも、どんな時でも、決してみちるを粗雑に扱うことはない。それを示すかのように、手付きだけはいつもの優しい柔らかさを失わず、みちるの腰回り、そして足の方へ、優しく流れていった。鋭い刺激と柔らかな刺激が織り交ぜられ、みちるの感覚はぼうっと麻痺したようにしびれて、自分を支える身体の中心が溶かされていくようだった。
「んっ、はぁ、はるか……もう、やめて……」
「やめるの?」
耐えかねて口から発せられた言葉に、はるかが素早く反応した。ちょうどその手がみちるの内腿を下から上に撫ぜられたところで、流れるように秘められた中心にぐっと指を押し当てる。
「ここ、こんなに熱くしてるのに。やめるの?」
冷たく掠れた声が、みちるの耳許で囁かれた。みちるは黙って、はるかの暗く沈んだ瞳の奥を見つめる。
――やめないで。だけどせめてベッドで……。
そう思っているのに、みちるはまるではるかの瞳に縛られるかのように、その双眸を見つめたまま動けなくなってしまった。あまりに魅力的で、あまりに美しく、そして何かを訴えかけるような悲しさを孕んだ目。
「そう……そうだよみちる」
かと思えば、はるかは口角を上げ、ニヤリと笑う。悲しげに光っていた瞳が今度は妖しさを孕んだ視線に変わる。それからみちるの視界からさっと消えたかと思うと、首筋に噛み付くような口づけを落とした。
「んっ……」
「……僕だけを見て、みちる」
はるかの囁きと共に、下腹部にあった手が下着の隙間を越え、一気に中に入り込んで来ようとするのをみちるは感じた。反射的に足を閉じて阻もうとするが、叶わない。中をひと撫でして確認したかと思えば、ずるっと下着を下ろされ、あっさりとそこが顕にされる。
はるかの指がするすると表面を撫でた。そこが潤いを湛えて溢れ出しそうになっているのは明白で。嫌だと言いながらも簡単に身体が熱を生んでいたことを再認識させられたようだった。
ためらうことなくそこを暴いた割に、はるかは焦らすようにそこを撫でるだけで、すぐに中に入って来ようとはしなかった。指を前後に滑らせ、時折充血して膨らんだ芽を擦る。そのたびにみちるの腰が揺れ、足が震える。
「はるか……ねえ……」
みちるが訴えかけるような声を絞り出すと、はるかがようやくそこに指の先端を入れる。それでも、来ると思っていた刺激はみちるにはやってこなくて、思わずはるかに回していた腕にきゅっと力を込めた。
「……欲しい?」
浸かりかけた指先はそのままに、みちるは耳許で囁かれた。それは先程よりも優しさと温かさを含んでいながら、意地の悪さもちらつかせる甘い声。みちるの頬の内側、身体の奥底がカッと熱くなり、震える。やめてほしいと訴えたのに、今この場で矛盾した願いを伝えることに、強い躊躇いと恥じらいを感じていた。だけど、もう嘘をつく意味などないこともわかっている。だからみちるにできるのは、はるかに強請ることだけ――。
みちるは震えながら、こくりと首を縦に振った。
「欲しい……はるかが」
甘く漏れ出るため息のような声が発せられ、今度ははるかが震える番だった。みちるの表情を見つめていると、背中をゾクゾクとした何かが走り、思わずまた笑みが零れそうになる。
――みちるを、ぐちゃぐちゃに、したい。
はるかの心の底から浮かび上がった本音が、言葉になって口から出ていたかどうか。はるか自身ではわかっていなかったけれど、縋り付くように自分に体重を預けるみちるが、どこか頷いたようにも感じられた。
みちるの中心部の入り口でおとなしく待っていた指が、ずるずると中を押し広げて入っていった。いつもと違う体勢のせいか、それともこの状況のせいなのか、狭く熱く感じられるそこに、丁寧な手付きで指が沈んでいく。みちるは思わず息を詰め、はるかの胸に自らの顔を押し当てた。
「は……あっ……」
はるかの指が、みちるの奥深くまで到達した。そこで一呼吸置いてから、ゆっくりと動かし始める。はるかの指先がみちるの『良いところ』を何度か擦り、みちるは足を震わせながら、はるかに回した腕でどうにか身体を支えていた。
待ちわびていた刺激に、はるかの胸に押し付けた唇から、熱い吐息が漏れる。快感が波のように寄せては引き、その度に中がきゅうっと締まる感覚がはるかにも伝わった。
それでも、やや無理のある姿勢のせいか、その身を預けるほどの大きな波には届かず、みちるはややもどかしさも感じていた。鈍く緩く、時に激しくやってきてはすぐ引いてしまうだけの波は、みちるに少しだけ残された理性を消してしまうには十分すぎるものだった。
「あ、ああっ……ぅん、んっ……ねぇ……はる、か……あっ、んっ……もっと、ちゃん、と……」
みちるが焦れているのをわかっていながら、それでもはるかは手を止めることはなく、淡々と動かしていた。みちるが荒くついた息の隙間から訴えかけると、ようやくその手を緩める。
「しかたないな」
はるかはわざとらしくそう言って、指を引き抜く。みちるがはるかの胸元に埋めていた顔を上げた次の瞬間、はるかによって行われた行動に、みちるは思わず軽い叫びを上げた。
「あっ……やっ! ああっ」
はるかは自分の身体を軽く屈めてから、すかさずみちるの脚の途中で留まっていた下着を抜き去り、左脚持ち上げて自分の肩に乗せた。それから、一度離れたぬかるみに向けて再び長い指を挿し込む。先程よりもはるかを受け入れやすい形となり、逃げ場を失ったみちるはより一層高い声を上げた。
「はっ……あっ、ん、あっ……そんなの……っちが……」
「違わないだろ」
無意識に出たみちるの言葉をはるかが瞬時に遮った。みちるの声は明らかに自分を一心に感じ理性を失った声に変化していて、はるかは思わず口を歪めて笑いそうになる。このまま気持ちのままに進んだら、多分本当に止められなくなりそうだ――そう思ったはるかは、指先に意識を集中し、みちるの中を傷つけないよう探った。
「んっ、あっ、はぁ、ああっ……ああ、ん」
姿勢が変わってはるかに預けづらくなった体重を壁側に傾け、みちるは彼女の肩を掴んでぎゅっと力を篭める。
ぐちゃぐちゃと鳴り響く水音とみちるの嬌声が、無機質な玄関という狭い空間に反響する。急激に昂まった刺激に、みちるは何も考えられず、ただ波に飲まれながら叫ぶことしかできないでいた。ドアを隔てたすぐ隣に人が歩いてくるかもしれないという危機感は、とっくにみちるの頭からは消え去っていた。
「はる、……あっ、ん、もう、わたし……ああっ、んぁっ、ああっ、あああっ……」
「……くっ」
爪先が白くなるほどに強くみちるの指先が肩にくい込み、彼女の限界を察したはるかは、最後、ぐいと中に指を押し付けた。みちるが力を振り絞るように身体を反らせ、喉の奥から掠れた声を上げる。
玄関に響き渡っていた水音と嬌声が鳴り止み、代わりに二人の荒い息遣いだけが残った。
「……っはぁ」
長い余韻の後、だらりと力の抜けたみちるを受け止めるように、はるかは両腕で彼女を抱えた。
久しぶりに会えることが嬉しかったはずなのに。つまらない嫉妬心から、みちるにやるせない気持ちをぶつけてしまった。ただみちるを乱し、意のままに啼かせれば、気が晴れるのではないかと思っていたが、違った。残るのは虚しさだけだった。
自分の腕の中で乱れた息をつくみちるを見ながら、はるかが自分の情けなさを省みていると、腕の中で小さな声が聞こえた。
「はるか……」
はるかが黙っていると、みちるがつと顔を上げた。これほどに自分勝手に愛されたはずなのに、その潤んだ瞳はいつも通り、優しさを持ってはるかに向けられていた。
「会いたかった……」
ただ一言、そう呟いた彼女に、はるかは胸の奥がきゅっと詰まる。
――本当にバカだな、僕は……。
力なく立つみちるの膝を抱えて抱き上げ、はるかはその頬に優しい口付けを落とした。